同音異義語に気をつけて
「よくそんなに話すことがありますね」
夕食間近の休憩室。
椅子に座っていたティエリアが、唐突にロックオンに向かって言った。
「は?」
今まさに、ティエリアに話しかけようとしたロックオンは身体全体が疑問形で固まった。
「まだ俺、何も言ってないけど?」
ティエリアは呆れたように溜息を吐く。
今日一日。
彼─ロックオンを見かけるたびに誰かと話をしていた。
それはクリスティナだったり、ミス・スメラギやアレルヤであったり。ついさっきも、ハロと刹那とで何やら話をしていた。
そして何より、そのどれもがとても楽しそうなのだ。雰囲気からしてミッションの話などではない。
違う人間と話すのだ。内容も全く同じではないだろう。
そんなことは自分には、できない。
「俺に、ではありません。‘今日’のことです」
まだ意味が分からないロックオンはティエリアの言葉を待つ。
「一日中、よく飽きもせず、いろんな人間と話ができるということです」
「そりゃあ、まあ、ね…」
ロックオンは右手で頭を掻きながら。
「嫌いな奴もいないし」
「それは‘好き’ということですか?」
「ん?そうだな…─!?」
そこまで言って、ロックオンは、はっと失言に気付く。
「そうですか」
すっと、紅い瞳が冷たくなり、ティエリアは席を立った。
「ちょ、ティエリア!」
当然のように無視して休憩室を出て行くティエリアに、しまったと思っても既に手遅れ。
確かに今日は、朝以来ティエリアとあまり話をしていなかった。
たまたま、本当にたまたま今日は、いろいろと他のクルー達と話すことが多かった。
それだけなのだ。
それをしっかり見られていたとは。
恋人の可愛いヤキモチとも言えるのだが、この恋人は一度機嫌を損ねると、とてもやっかいなのだ。
尤もそれも可愛いのだけれど。
「ティエリア!」
「何です?」
「悪かったって」
「何か謝るようなことがあったんですか?」
「いや、だからさ、」
「‘好き’なのでしょう?それは良いことだと教わりました」
振り向きもせず、リフトを握ったまま進んでいく。
「だから意味が違うって」
「──」
「おまえへの‘好き’と他の奴らとは、ぜんっぜん意味が違うんだってっ─と」
角を曲がったところでティエリアは立ち止まり、振り返る。
紫の髪がふわと翻った。
「どう違うのですか?」
真っ直ぐに見つめてくる綺麗な紅い瞳。
「ロックオン?」
ほんの少し、首を傾げる。返事を促すように。
ロックオンは観念して小さく溜息をつくと、すいと、ティエリアの耳元に唇を寄せて、告げる。
「おまえへの‘好き’は‘愛してる’ってことだ」
「──なら、許してあげます」
ほんのわずかのわずか、微笑みを見せて、ティエリアが裁定を下す。
ああ、またやられた。
こうなることが分かっていても、ティエリアを不機嫌なままにしておくことなどできなくて。
惚れた弱み、先に惚れた方が負け、なんて言葉が頭に浮かぶ。
怒って無視を決め込んだのかと思えば、拗ねて甘えた表情(かお)を見せる。
そんな美貌の恋人に、勝てる術などどこにあるのか。
結局いつも、ティエリアの望む言葉を言うしかない。
そのくせ、自分の方はめったに言ってはくれないのだ。
そんなことを考えていたら、するりとティエリアが傍を離れた。
「どこへ行くんだ?」
「食事です。あなたは行かないのですか?」
「あ…」
これだから。
今度は返事など待たずに行ってしまう。
行くに決まってるだろと、ロックオンは後を追う。
その夜、イヤって言うほど‘その言葉’を繰り返し、ティエリアに呆れられたのはまた別の話──
終
080506