そんな君だから
自室に戻ったロックオンは、どさりとベッドに横になった。
小さく息を吐き、両腕を頭の後ろに組んで、天井を眺める。
「……」
─と。
ドアインターが鳴った。
『少し、いいですか?ロックオン』
聞こえた声はティエリアだ。
「…ああ」
応じて、ドアロックを解除した。
シュンと小さく音をさせてドアが開く。
ティエリアは、やや俯いて入って来くると、一呼吸おいて、きっと視線を上げこちらを見る。
わずかに眉根を寄せたその表情に、まだ怒り足りないのだろうかと、ロックオンはちらりと思う。
実は、数十分前、二カ月ぶりに地上でのミッションを終えて、ロックオンは帰還したばかりだった。
簡単な報告をブリッジのスメラギに済ませて、部屋に戻る途中にティエリアに逢った。
久しぶりに逢う嬉しさに、つい、抱きしめようとした。本気で。
普段はティエリアが気にするので、人目につくところでは、そんなことはしないようにしていたのだけれど。
その時の‘本気’に気付いたティエリアは、ピシャリとロックオンの手をはねのけた。
『ふざけないで下さい』とのお叱り付きで。
以前から、『もっと時と場所を考えたらどうなんです?』とか、『貴方は立場を分かっているのですか? 』などと散々言われている身としては、降参するしかなくて。
それにしても、ずい分とご機嫌斜めだなと思っていた。
が、その直後に理由が分かった。
自分の後ろに、いくらか離れてはいたけれど、ミス・スメラギとクリスティナがいたのだ。
ならばティエリアが怒るのも無理はなかったのだ。
俺もまだまだだよな、と落ち込んだ気分でいたところに、姫のご登場である。
やはり謝るべきだろうか。
「あの、ティエリア…」
「黙ってて下さい!」
「へ?」
「黙っててと言いましたよ!」
「あ、はい…」
これは叱責を受けるしかなさそうだ。
ティエリアの表情はさらに険しくなったかに見えた。けれどどことなく、緊張しているようにも思える。
一歩ずつ、ゆっくりとティエリアがこちらへと歩んでくる。
これは殴られるかもしれない。
紅い瞳と視線が重なった。
「動かないで!」
無意識に上がりかけた右手も制される。
「……」
これはやはり殴られるなと覚悟したとき。
ふわと、紫の髪が揺れて、ことんと温かな重さが肩に寄り添った。
─えっ?…─
予想外のことに反応ができない。
怒っているはずの相手はその身をこちらに預け、殴られるかと思っていた手は胸元の服を縋るように掴んでいる。
それはほんの数秒。
理解できたときには、寄り添っていた温かさは離れていた。
「ティ…」
「い、いつも言っているでしょう!時と場所を考えて下さいと…」
背を向けたまま、少しだけこちらを見たティエリアの頬は朱く染まっている。
「用はそれだけです」
言うと、恥ずかしさから逃れるようにティエリアは出て行ってしまった。
「──……参ったな…」
暫し茫然とドアを見つめていたロックオンは、右手を額に当て前髪をくしゃりとする。
こんな事をしてくれるなんて!
素直じゃないあいつの性格を、分かっていたはずなのに。
「バカだよなぁ、俺…」
自分の鈍さに苦笑が漏れる。
二カ月ぶりに逢いたかったのは、触れたかったのは、自分だけではなかったのだ。
寄り添っていた温かさを捕まえるために、ロックオンは部屋を出た。
終
080606