Bloody Rose
『ティエリア』
笑顔とともにロックオンが差し出したのは、抱えきれないほどの真紅の薔薇の花束。
『何ですか?これは』
『何って、薔薇だが』
『そうではなくて、どうして…こ、こういうものは女性に─』
『大切な人に贈るものだ、ティエリア』
『……ありがとうございます』
お礼を言うと、ロックオンは嬉しそうに笑った。
花瓶を出し、活けようと花束を解く。
『──痛っ』
『どうした?』
『棘が刺さっただけです』
『かせよ、俺がする』
『大丈夫です』
『いいから』
『あなたこそ、大事な指が─』
『へーきだって、──いてっ』
無言で薔薇を弄っているロックオンの背中に、何となく不安になり彼の手元を覗き込む。
『ロックオン!』
彼の指先は真っ赤に染まっている。
それは赤い、血。
『何をしているんですかっ!』
『棘を全部取っておこうと思ってさ』
『そんなこと─っ、止めて下さい、指が…あなたが怪我をしてまで───!?』
不意に目の前が霧に包まれたように白くなる。
『ロックオン!──どこにいるんです!?』
言いようのない不安に襲われる。
『ロックオン!!』
『ティエリア…』
声に振り向く。
─!?!─
振り向き見た彼の姿に、ティエリアは声にならない叫び声を上げた。
パイロットスーツで佇むロックオンの額から、流れ落ちる血。
それが頬へ、首筋へと赤く彼の全身を染めていく。
目の前に拡がる鮮やかな血の赤。
流れ、染めていく赤の示すものは──死。
─いやだっ!─
『ティエリア…』
『ロックオン!傷の手当てを──早くこちらへ─』
『………』
『ロックオン!!』
『すなまい、ティエリア…』
『何を言ってるんです!?』
『…もう、俺は…』
『ロックオン!!』
叫んでも声は聞こえないのか、彼は淋しそうな笑みを浮かべてこちらを見つめるだけ。
霧の中に彼の姿が消えていく。
『ロックオンっ─どこへ行くんです!?』
『──………』
彼の口が何かを呟いた。
『聞こえませんよ、ロックオン!待って下さいっ──い、いやです…行かないで──!』
「─!?」
はっと、ティエリアは目を覚ました。
─夢?…─
なんて嫌な夢を。
素肌のままの躰がひどく冷えている。そのせいか。
ティエリアは隣で眠る彼、ロックオンを見つめる。
半身を起こし、そっと彼の顔の前に手をかざす。ゆっくりと繰り返される呼吸。胸も静かに上下している。
ほっと、安堵の溜息をつく。
あれはただの夢なのだ。
かざした手を戻したとき、ロックオンが目を開けた。
「……起こしてしまいましたね」
胸が締め付けられるようだ。
今彼が目を開けて、自分を見てくれていることが、こんなに嬉しいなんて。
「──どうした?ティエリア」
「えっ?」
「何かあった、だろ?」
どうして、どうしてこの人は僕が隠そうとすることに気付いてしまうのだろう。
「何も…」
できるなら、顔を見られたくはない。
けれど今、動いたら、瞬き一つでもしたら、きっと僕は──
彼の左手が伸ばされ、包むように僕の頬に触れた。
─温かい…─
その温かさに、ずっと堪えていた涙が零れてしまった。
「ティエリア?」
ロックオンが半身を起こした。
「何でもないんです…」
小さく首を横に振ったけれど。
まだ、心配そうな空色の瞳に促される。
言うつもりなど無かったのに。
「……夢を、見ただけです…─」
こんな根拠のない、子供じみたことなど。
「──嫌な夢を…」
「────」
「…あなたが、どこかへ行ってしまう…」
血に染まった彼の姿。
それは言えなかった─怖くて。
そんなことを、今まで思ったことなどなかった。
自分達がしていることを考えれば、死は隣り合わせだ。
いつ誰がそうなっても、自分自身でさえも計画のためなら構わないと思っていたのに。
何故こんなに、怖いと思うのだろう。
不意に、強く抱き締められる。
「有り得ねぇな」
「ロックオン?」
「俺はおまえの傍にいる。何があっても、例えおまえが嫌がってもな」
「…ほんとに?」
「ああ」
僕はロックオンの背に腕を廻した。
触れ合う素肌から彼の鼓動が伝わってくる。温かくて力強い。
ロックオンはここにいる。
こうして、僕の傍にいてくれる。
「愛してる、ティエリア」
「ロックオン…」
抱き締め合う腕に力がこもる。
ずっと傍にいると。
─僕……私も愛しています、ロックオン──
終
080627