「あなたに、迷惑をかけてしまった…」
「ばっかだなぁ、そんなこと気にしてたのか?」
「ロックオン…」
「少しも迷惑なんかかけられてねぇし…第一、おまえのことを他の奴に任せられるかよ」
ロックオンはティエリアの頭を掌でそっと抱き寄せる。
そのまま彼の胸に頭を預ける。
「……」
―…ああ、この温かさだ…―
いつも傍にあったのは。
ティエリアが安堵の息を吐くと、ロックオンは恋人の身体に腕を廻し強く抱きしめる。
「良かった、本当に」
「ロックオン…」
見上げると、空色の瞳が愛しげに見つめてくる。
どちらともなく、唇を寄せて。
確かめるような温かなキスをして、ゆっくりと離れる。
「…ロックオン」
「ん?」
「さっきは、その…どうしてあんな、キスを?」
記憶を無くしていた間、彼は‘恋人’であるようなことはしなかったのに。
「それは…おまえが、ヴェーダにのみ、なんて言うもんだから―」
「えっ?」
ロックオンは何故か視線を逸らせた。
「言ったのですか?」
「ああ」
「……」
ティエリアは記憶を辿ってみるが覚えはなかった。けれど自分ならばそう言ったかもしれない。
「ですが、それがどうして理由になるのです?」
ロックオンは逡巡したが、誤魔化しても仕方ないことだと口を開く。
「あのとき、おまえの様子がおかしくなって…でも、記憶が戻りかけてる気がしたんだ。だが、」
彼は一度言葉を区切って。
「記憶をヴェーダに持っていかれちまうって思ったんだよ」
不思議そうにティエリアは小首を傾げた。
「ヴェーダに、おまえの中の俺の記憶を消されちまうんじゃねぇか、と…」
ロックオンはバツが悪そうに視線を泳がせている。
「ヴェーダにはそんな意志はありません」
システムであるヴェーダ自体がそのような行為をすることはない。
「分かってる!けど、あンときはそう思っちまったんだよ!」
つい、声が大きくなる。
ティエリアの記憶が戻っても、その中に自分がいないなどとは思いたくもなかった。
だから自分を刻むように口付けたのだ。
「呆れてんだろう?」
ティエリアは拗ねた子供のようなロックオンの言動にきょとんとしてしまった。
「いえ…少し驚いただけです」
いつもの自分なら呆れていたかもしれない。だが今は、そうは思えなかった。
彼が自分のことを覚えていて欲しいと、思っていることが分かったのだから。
「ロックオン」
ティエリアは気恥ずかしそうに顔を背けている彼に、くすと笑みを零し、その首に両腕を廻した。
「あなたを忘れなくてよかった…」
「ティエリア…」
ロックオンも腕を廻し、抱擁を返す。
優しい温もりがここにある。
そう、これは自分達にとって大切な温かさなのだから。
ティエリアはそれに心を委ねるように瞳を閉じる。
落ち着いたからなのか、ぼんやりと、記憶が戻る少し前のことが浮かんできた。
確かにあのとき、自分はヴェーダのことを強く考えていたように思う。
それから――
ついと、ティエリアはロックオンから身体を離した。
「――思い出しました…」
幾分低い声音にロックオンは思わず、ぎくりとする。
「何を?」
伏せられていた瞳がこちらを向く。その紅い瞳には怒りが見える。
「ロックオン」
「は、はい?」
「今回の失態の原因は、あなただったのですね」
「あ、いや、何で…」
「何でじゃありません!あのシステムエラーのとき、あなたが、あ、あんなことをしなければ―」
「あんなことって?」
「ロックオン!わ、分かっているのに、あなたはっ」
怒りと羞恥で顔を朱くしているティエリアを可愛いなあと思っているのがばれないように、ロックオンは必死で耐える。
「とにかくっ」
ティエリアはすっくと立ち上がる。
「暫く、僕に近寄らないで下さい」
「ミッション時はどうするんだよ?」
「それは別です。プライベートについてです」
「そんなっ、あれは事故だったんじゃないか」
「言い訳無用!」
記憶を無くしていた間のことを少しずつ思い出してくるにつれ、恥ずかしさに顔から火が出そうだった。
「ティエリア〜」
「早く出て行って下さいっ」
「だけどあれはおまえが―」
「言い訳無用と言ったはずです!」
「ちょっ、ティエリアって!」
それから数日続いた痴話げんかは当然、誰も気にする者はいなかった。
終