螺 旋
「おい、あんた…ティエリア・アーデ、だったよな?」
ライルは立ち去ろうとした人物を呼び止めた。
つい先ほど、同じガンダムマイスターだと自己紹介した男。
初めは、その美貌に女性かと思った。
立っているだけで人目を引くだろう、白い肌に印象的な紅い瞳の持ち主。
凛とし、真っ直ぐにこちらを見て話していたその瞳が、背を向ける一瞬、揺らいだような気がした。
それに、どこかで見覚えがあるようにも思えたからだ。
「──そうだ」
呼び止められた相手はゆっくりと振り返る。
伏し目がちな横顔に柔らかな髪がかかり、揺れた。
上げられた視線と目が合ったとき、やはり微かに動揺が見えた。
一瞬見えた儚げな表情に、ライルは思い出した。
─こいつは、あのときの!…─
数年前、家族の墓に参ったときだ。
ディランディ家の墓の前に誰かが立っていた。
こんな、今にも雨が降り出しそうな寒い日にいったい誰がと、訝しんだ。
黒いスーツを着た細身の人物。
墓前にはその人物が持ってきたのだろう、白い花束が置かれている。
俯いているため顔はよく見えないが、白い横顔に柔らかな髪がかかっている。
ただ、今にもその場にくずおれそうな様子に近付けないでいた。
けれどその人物は倒れはしなかった。
ぽつり、ぽつりと降り出した冷たい雨に身を晒しても、じっと立ち尽くしたままだった。
そうだ、こいつに間違いないとライルは思った。
ニールは戦死したと刹那が言っていた。
だからこいつは、ティエリアはあの場所に来ていたのだろうか。
仲間として―?
「あんた、ニールと―」
「ニールは私が殺した」
「なん、だと?」
思ってもいない言葉に愕然とする。
殺した?
仲間を?
顔を強ばらせ、ライルはティエリアを凝視する。紅い瞳からはなんの感情も窺えない。
「――あなたは私を憎んで構わない」
「!?……それは、あんたを討っても構わないってことか?」
「ああ」
こんな会話をしているのに、彼の表情には変化はない。
「だが、」
ティエリアは一度目を伏せた。
「それは今ではない。この闘いが済んで、あなたも私も生き残っていたら――」
「そのときなら、いいと?」
「そうだ」
それだけ言うとティエリアは踵を返した。
「―――」
どういうことだ。
何故、殺した仲間の身内を呼んだのだ。
しかも、'俺'を。
あんな風に墓の前に立っていたのは殺したからなのか。
ニールとはもう十年近く連絡を取っていなかった。
それが、四年も前に――
それも仲間にだと?
ニールとあのティエリアの間に何があったのだろうか。
否。
あのニールが、自分の半身ともいえるあいつが、仲間に殺されるなど考えられない。
ソレスタルビーイング。
そして、ティエリア・アーデ。
解らないことばかりだと、ライルは思った。
終
081009