〜for you〜
陽がその明るさを緩め、静かにビルの間に傾いていく。
冬のひんやりとした風が濃紫の髪を揺らせた。
ティエリアは窓辺に寄りかかり、ぼんやりと外を眺めていた。
ミッションを終え、プトレマイオスに戻るまで、二日ほど時間があいた。
その二日間をロックオンに誘われて、隠れ家の一つであるアパートに来たのだけれど。
ここに来る途中、彼は、
『先に行っててくれるか?ちょっと用があるから』
と言って別れたままだった。
珍しいこともあるとティエリアは思った。いつもならデートと称して、あちこち連れて歩くのに。
「……」
ティエリアはふと、妙な感覚に首を傾げる。
胸の奥が重いような、何か足らないような不安に似た感覚。
それは以前には感じたことのないものなのだが、この頃は何故か時折、胸に浮かんでくる。
そうだ、これはロックオンのことを考えているときに、よく起こるような――
「悪い!遅くなっちまった」
響いた声に振り向くと、彼の姿があった。
「ロックオン…」
「どうした?淋しかったのか?」
「なっ!―」
言われた言葉に反論しようとしたが、できなかった。
何故か、その言葉があの感覚だと思えたからだった。
―サビシカッタ…?―
そうだったのだろうか、自分は。
ティエリアは視線を落とした。
ロックオンは驚いていた。冗談半分に言ったことが当たっていたからだ。
そう分かると、今度は嬉しくなって。左腕で俯いているティエリアを抱き寄せる。
「ごめんな」
言葉に顔を上げた恋人の額に、優しく口付けた。
ティエリアは安堵しているらしい自分が気恥ずかしくて、視線を彼から逸らした。
「…ロックオン、それは?」
ロックオンの右手が持ったままの大荷物に気付いて訊ねた。
「ああ、これこれ」
ロックオンは嬉しそうに、袋の中身をテーブルに出していく。
出てきたものは、キャンドルにキャンドルスタンド、スパークリングワインにケーキなどだった。
「何があったのですか?」
「えっ?」
「こんな、ケーキとか―」
「だって、今日はおまえの誕生日じゃないか」
「――え?…」
当然のように言うロックオンにティエリアは一瞬理解ができなかった。
‘誕生日’という概念が自分にとって希薄だったからだ。
それに何より、誕生日など彼に話したことがあったのだろうか。
「前にさ、おまえ言ってただろう?12月9日って」
「……」
そう言われて思い出す。
あれは情報収集のために行った町。
ちょうどカーニバルの時期でとても賑やかだった。
そのとき、占い師─と言ってもおそらく祭りのためのもの─が、恋人達の未来を占うとかで一際盛り上がっていた。
通りがかった恋人らしい男女を捕まえては、皆で楽しんでいるようだった。
その占い師にロックオンとティエリアも捕まってしまったのだ。
二人の名前と誕生日をと言われ、困惑するティエリアにロックオンはお遊びだと笑って促した。
それに答えた日付が12月9日だった。
「ですが、あれは―」
とっさに浮かんだ日付。この日がそうなのか、確信はない。
それに、自分にはそんなものがあるのかさえも。
「あのとき、そう思ったんだろ?なら、きっとそうなんだよ。おまえにとって意味のある日だ」
「ロックオン…」
そうだ。彼は分かっている。僕が‘人’ではないことを――
「でも、」
「あー、また難しいこと考えてるな」
テーブルをセッティングしていた手を止めて、ロックオンはティエリアを引き寄せる。
「いいか、ティエリア。俺の顔をよく見て―よし。じゃ、目を閉じて」
ティエリアは言われるままに目を閉じた。
すると、深く抱きしめられる。
「ロックオ…」
「黙って。そのまま何も考えないで、俺の質問に答えてくれ。な?」
「はい…」
「今、ここにいるのは?」
「ロックオン」
「おまえを抱きしめてるのは?」
「…ロックオン」
「こうしていることは、嫌か?」
「いいえ」
「俺はすごく嬉しい。おまえは嬉しくないか?」
「…嬉しいです」
「だろう?」
腕を緩められて見上げると、ロックオンは本当に嬉しそうな、そして優しい笑顔をしてこちらを見つめている。
「今、こうしていられるのも生まれてきたからだ。おまえが生まれてきて、出逢えたからだ」
ロックオンは両手でティエリアの頬を包む。
「だから、祝いたい」
大切な人が生まれてきたことを。
「こうして、触れ合って確かめたい」
「あ…」
生まれてこなければ、出逢うこともできなかった。
だから―――
例えどんなカタチであれ、生まれてきてよかったのだ─と。
「誕生日おめでとう、ティエリア」
「ロックオン…」
唇が重ねられる。
あなたに
おまえに
出逢えてよかった。
その想いに感謝を込めて。
『おめでとう』をあなたに――
終
081209