「本当はあなたが帰ってくるまで待っているつもりだったんです。でも、今朝、クリスティナ達に貰って…急に逢いたくて、渡したくなってしまって――」
「………」
クリス達に貰った、渡したくなった―ということは。
「もしかして…バレンタインの?」
「はい…」
その返事を聞くや否や、ロックオンはティエリアを抱きしめる。
「ロ、ロックオン…!」
「ティエリア、俺は今すっげぇ、嬉しい」
「で、でも手作りとかじゃなくて…」
「それでもだよ」
「ロックオン…」
「よく買いに行けたなぁ」
「それは、僕のミッションは情報確認でしたし、予定より早く終わりましたから何とかなりました」
とは言っても、バレンタインチョコの売り場だ。人が多かったはずだ。
その中を人混みの嫌いなティエリアが一人で買いに行ってくれたのだ。
こんなに嬉しいことはない。
「そっか。ありがとな」
「いえ…」
ティエリアはロックオンの胸に頭を預ける。
「あ、」
「えっ?」
不意にした声にティエリアは顔を上げ、ロックオンを見た。
「急に渡したくなったって言ったよな?ってことは、あの通信は―」
ティエリアへと目を向けると、腕の中の恋人はふふっと楽しそうに笑った。
「はい。僕です」
やっばり。
「何となくその方がいいと思ったので」
「何となく?」
「はい」
――何となく、ねぇ…――
ロックオンはしげしげと腕の中の美貌の恋人を見つめた。
恋愛に関しての駆け引きなど知らないはずのティエリアは時折、こちらが驚くようなことをしてくれる。
今回もそうだ。
あの通信がティエリアからだと分かっていたら、こんなに驚いたりもしなかっただろう。
それに急に逢いたくて、なんて、さらりと言ってくれて。
こんな言葉を聞いて、喜ばない恋人なんかいやしない。
「ロックオン?」
考え込んでいるようなロックオンにティエリアはきょとんとした顔をする。
そのアンバランスな可愛らしさに、ロックオンは笑みをこぼし、彼の額に口付けた。
「これ、開けていいか?」
「はい」
ロックオンはティエリアの隣りに座り、貰った包みから箱を取り出す。箱は落ち着いたブラウンの包装紙に柔らかな赤いリボンが掛けられていた。
封を開けると、中には星形に並べられたトリュフが五つと、中央にハート型のチョコレートが一つ入っていた。
仄かに甘い香りと洋酒の匂いがする。
「ブランデー入りだそうです」
ロックオンはトリュフを一つ摘まむと、口に入れた。
「美味しいですか?」
「ああ。おまえも食べるか?」
「いえ、それはあなたにあげたものですから」
それはそうなのだが。せっかくバレンタインに恋人から貰ったチョコレート、このまま一人で食べるなんて勿体ない。
「ティエリア、頼みがあるんだ」
「何ですか?」
「一つだけ、一緒に食べてくれないか?」
真っ直ぐに瞳を見つめて言う。
こうすればティエリアが断れないのを知ってのことだ。
「…分かりました」
応じたティエリアに、ロックオンはハート型のチョコレートを取り出した。
受け取ろうとする彼をにこりと制して、それを自分の口に銜えた。
「ロックオン?」
不思議そうな顔をするティエリアに、チョコレートを口から離して。
「言っただろ?‘一緒に’食べてくれって」
「!?」
一緒に、の意味を理解してティエリアの顔に朱が走る。
そんなつもりで応じたわけではなかった。
第一、あんな小さなチョコレートを一緒になんて。それではチョコレートを食べるというよりも、まるで――
「OKしてくれただろ?」
腹立たしさと恥ずかしさで睨んでみても、目の前の彼はただただ嬉しそうで。
ティエリアは小さく溜息をついた。
一度ゆっくりと瞬きをして視線を上げると、チョコレートは既にロックオンの口元にあった。

「……」

ティエリアは覚悟をして、そっと唇を寄せていった。
鼓動がすごく早くなっていく。
キスだって初めてではないし、肌も合わせているのに。
心臓が苦しいくらいに早鐘を打っている。
唇が微かに触れる。
柔らかくて温かな――そのほんの一瞬後、ティエリアはチョコレートを少しだけかじり、素早く身を離した。
俯いてしまったティエリアの顔を濃紫の髪が隠す。けれど垣間見える耳や首筋は赤く染まっていた。
ロックオンは残ったチョコを食べ終えるとティエリアを抱き寄せた。
よほど恥ずかしかったのか、ティエリアは黙ったまま、胸に顔を埋めてしまった。
「ごめん、ティエリア」
ロックオンはティエリアのさらさらとした髪を、宥めるように撫でる。
「どうしても一度、やってみたかったんだ」
「……一度?」
「ああ」
「今までしたことは、なかったのですか?」
「ああ」
問われて自分で驚いた。今までこんなことをしたことなどなかったのだ。
したいと思ったこともなかったのだと。
「本当に?」
「もちろん!」
「…そうですか」
その言葉に安堵したのか、ティエリアは顔を上げた。

まだほんのりと紅い頬をロックオンは両手で包み込む。
「ティエリア…」
名を呼んで、そっと口付ける。
唇を放すと、ティエリアがくすと微笑った。
「…甘いです」
「もっと甘くなるさ…」
再び唇を重ねる。

もっと深く、甘い口付けに酔うように―――






あとがき