刻の夢



――静かに流れていく…懐かしいような感覚…こうして、ヴェーダを感じるのは久しぶりだ…いや、もう感じるというのは違うかもしれないな…――
ティエリアはゆっくりと瞳を閉じていく。

「ティーエリア!」
「リジェネ・レジェッタ!」
ふわりと現れた、同じ容姿の相手に抱きつかれる。既に肉体はないのに、その感触があることが不思議だ。
「やっと二人きりになれたのに、もう行っちゃうのかい?」
「それが今、僕が為すべきことだ」
「人間を見守る、ね」
「リジェネ…」
ティエリアは心配そうに眉を寄せる。
その様子にリジェネは口角をわずかに上げて。
「ああ、僕も彼らを見るのは好きだからね。面白いよねー彼らは。そう思うようになったのは君のせいだけど」
「僕の?」
「そ。君があの人間達に対して、苛々してたりドキドキしてたりするの、すっごく興味深かったよ」
「なっ!?」
「言っただろう?繋がってるって」
ふふっと笑う。
「ずっと、見ていたのか?」
「勿論!って言いたいけど、残念ながら時々だったけどね」
「そうか…」
ティエリアは小さく安堵したように息をつく。
「何?見られて困ることでもあった?」
リジェネはティエリアの顔を覗き込み、意味ありげな表情をする。
「べ、別にない!」
顔を赤らめてそっぽを向く片割れに、くすくすと笑う。
「まあ、僕も君と一緒に見てるだけにするからさ」
ふわと、離れる。
――…一応、ね…――

「リジェネ」
「ん?」
「君は良かったのか?」
「何が?」
「リボンズやリヴァイヴ達と、君は――」
「僕は君が一番好きだからさ、ティエリア」
事も無げにリジェネは言う。だが、同じ刻(とき)を過ごした仲間、同胞に何の感情もないわけではないだろうに。
「……」
「さーて、僕もちょっと行ってくる。その話はまた後でね。それまで休んでおいで」
にっこりと人好きのする笑顔を見せて、リジェネはスクリーンの中に消えていった。
「リジェネ…」
ティエリアは少しの間、彼の意識を追い、再び瞳を閉じた。



――そうだよ、ティエリア。まだ僕達の精神を、想いを消すときじゃないよ…――
膨大なデータの中を進みながら、リジェネは呟く。

君ほど人間を愛したイノベイドはいない。
そして愛されたのも。
人に愛されたから、愛したんだよね。

「―でも、そのほとんどが君のせいだと思うと腹立つんだけどね」
リジェネは視界に現れた人の姿に足を止め、ちらりと冷たい一瞥をくれてやる。
「お褒めの言葉として貰っとくよ」
「まったく、ティエリアったら、どうして君みたいな人間がいいんだろう」
憮然とした表情を隠さずに言う。
言われた相手はわずかに肩を竦め、苦笑するだけだ。
「ちゃっかりこんなとこに居るしさ。ねぇ?ロックオン…ニール・ディランディ」
「俺は諦めが悪いんでね」
「ほんとだよ」
悪態をつくリジェネに、やはり素直じゃないところは似ているんだなと思う。
その証拠に、自分がここに居ることを彼が認めていなければ既に弾き出されているはずだ。
「…もう暫くは時間がありそうだからな。あいつの傍に居てやりたい。いや、居たいんだ」
「ぬけぬけと、よく言うよね。で、行くつもり?」
ティエリアの傍に。
すっと、リジェネの目が細くなる。
「行ってもいいのか?」
「えっ?」
「一応、あんたの許可を貰おうかと思ってな」
「ほんっとに、ヤな人間だよ」
にやりと笑うニールにリジェネは盛大に嫌な顔をしてみせる。
「好きにすれば?でも―」
「ああ。今はあいつを休ませてやりたい」
「分かってるんならいいよ。でも。ティエリアに変なことしたら、すぐ行くからね」
そう言い置くと、リジェネはデータの中へと上っていってしまった。
その姿を見送って、ニールは下りはじめる。

――ティエリア…――
正直、自分に残された時間がどのくらいあるのか分からない。
けれど時間の許す限り彼の傍に居たいと思う。



「……」
誰かに呼ばれた気がして、ティエリアは拡げていた意識を戻し、瞳を開けた。
とても懐かしくて大好きな声で。
けれど――
そんなはずはない。気のせいだと苦笑を浮かべる。
「ティエリア…」
――えっ?――
声のする方を見上げる。
そこには――片時も忘れることのできない姿があった。
「そんな…」
ティエリアは目を疑った。そんな、そんなはずは――
「ティエリア!」
その姿は両手を包むように拡げ、優しい笑顔を浮かべて下りてくる。
「ロックオン…ニール!」
ティエリアも両手を伸ばし、その腕の中に飛び込んだ。


温かな光が一つ、大きく輝いた――







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