「すみません…ニール…」
ニールは抱き寄せていた腕を解き、ティエリアの両肩に手を置いて。
「おまえに怪我がなくてよかった…もう二度とあんなことするなよ」
「…はい」
ニールは苦笑して、俯いてしまったティエリアの額にちゅっと口づける。
「!?なっ、何を?」
ティエリアは額を押さえて狼狽える。
「約束のキス」
ウィンクされてそう言われ、顔が赤くなったのが自分で分かった。
「ティエリアも俺にしてくれないかなあ、や・く・そ・く」
「そ、それはっ…」
「ここでいいからさ」
とんとんと、ニールは自分の頬を指で突いてみせる。
「う…」
いつもなら、そんなことしませんと突っ張ねられるのに、何故か出来なくて。
ティエリアは戸惑いながらも視線を上げた。
――と。
「あーーっ!何してるのさ!」
不意にした叫び声に振り向くと、リジェネがこちらを指差している。
「まったくもう、油断も隙もあったもんじゃない!」
言いながらつかつかと歩み寄り、リジェネはティエリアに後ろから抱きついて、ニールから引き離す。
「リ、リジェネ」
「ティエリアに触っていいのは、僕だけなんだから。気易く触らないでよね」
きっとリジェネはニールを睨む。
またかよ、とニールは内心溜息を吐く。
このリジェネはティエリアと二人でいると、何かとこうして介入してくる。
ティエリアも困惑しているようなのだが、従兄弟だと思えば、如何ともしがたい。
「リジェネ、君もだ」
「えっ?」
「僕は君に気易く触れていいと言った覚えはない」
「いけないとも言ってないでしょ?」
「……触るな」
「ティエリアの意地悪」
「いいから、放せ」
眉間に皺を寄せるティエリアに、リジェネは仕方なく腕を放す。
「じゃあさ、僕ん家でお茶くらいいいでしょ?ゆっくりしていきなよ」
「ちょっと待て」
ニールが止める。
「何さ?」
「悪いが、俺達はまだ話の途中なんだ…」
「だから何?」
ちろんと、リジェネが冷たい眼を向ける。
「だから何って…俺達は話をだな、」
「だって、仕事はもう終ったんだろう?君はさっさと悪魔界に帰っていいよ」
まるで犬でも追うようにリジェネは右手をひらひらさせる。
「あのな…」
「あーっ、分かった!ティエリアが疲れているのをいいことに、ヘンな事しようとしてるんだね!」
「ばっ!するかっ!」
「ふうん、下心は無いって言うんだね?」
「そ、それは…」
絶対ないとは、言いきれないのが辛いところだ。
「ほーら」
腕を組み、またもちろんと嫌味な視線をニールに向ける。
「話があるって言ってるだろうが。ここじゃないと俺達はゆっくりできないし…」
「ここって、ここには君の家はないじゃないか」
「アレルヤんとこへ――」
「だめだよ、そこもティエリアにとって危険地帯なんだから」
くるりとリジェネはティエリアに向き直り。
「いい?ティエリア、絶対行っちゃだめだよ」
「……に…」
「ティエリア?ねえ、聞いてる?」
「―いいかげんにしろっ、リジェネ!」
今までこめかみを引き攣らせながらも、黙って耐えていたティエリアの忍耐も限界、大声を上げた。
「ティエリア〜」
リジェネは情けない声を漏らす。
「ニール、あなたもですっ」
「はあっ?俺も!?」
ティエリアの怒りは何故かニールにまで及び、天使の気持ちが落ち着くまで暫くお説教が続いた。
とばっちりを食った、のは言うまでもなかった。
◇ ◇ ◇
――天使界 白の宮殿――
「ミカエル様」
「どうしました?」
「何故このたび、ティエリアを人間界に行かせたのですか?」
「何故とは?」
「あの者の力はまだ…」
「―ですが、あの者だけだったのですよ」
「えっ?」
「あの人の子の声を聞いたのはあのティエリアのみ。それに何より、人の子の要望だったのですから」
「はあ…?」
◇ ◇ ◇
「…おはよう、ミレイナ」
ミレイナが寝室に入ってくると、リンダはベッドから上体を起こして座っていた。
「ママ!」
直ぐ傍まで駆け寄って。
「起きていて大丈夫なのですか?」
「ええ。今朝はとても気分がいいの。とてもすっきりしてるのよ」
リンダはにっこりと微笑んで。
「心配かけたわね…もう、大丈夫よ、ミレイナ」
「ママ!」
飛びつくミレイナをリンダは優しく抱きしめた。
あとでママに話してあげよう。
あの絵本とそっくりな天使さんと騎士さんが助けに来てくれたことを――
終
2010/01/06