ティエリアはまた、びくりとしたが、今度は手を払いのけることはしなかった。
その代わりに、瞳を大きく見開いてこちらを見上げてきた。
じっと真っ直ぐに見つめてくる紅い瞳。
その視線に思わず、ドキリとする。
ちょっと待て。
なんで、ここでそうなるんだ?
いやいや、子供の純粋な視線だからだよな、うん。
取り敢えずそういうことにして、俺は努めてフツーに訊く。
「何だ?どうかしたか?」
「いえ…」
ティエリアは視線を逸らした。
それに安堵したような、微妙な気持ちはなんだろう。
「…じゃあ、俺は部屋に戻って――おっ?」
「えっ?」
「――雪だ」
目を向けた窓からの景色に、はらはらと白い欠片が降っている。
どうりで冷えると思った。
「結構降るなぁ…このまま降り続いたら明日は積もるかもな」
「……」
ティエリアは少し窓辺に歩きかけたが、はっとしたように足を止めた。
どうやら俺を気にしているらしい。
別に構わねぇのにと思ったが、俺は部屋を出た。
自室に戻ってベッドにどさりと横になる。
ちょっとしたホテル並みの部屋。
腕を頭の後ろに組みながら、窓の外を見る。
今頃ティエリアは雪を眺めているだろう。
雪を眺めるくらい誰でもすることなのに、そんなことまで気にしなきゃならないのかと、いささか不憫な気もする。
「―……」
積もればいいと、俺は窓の外を舞う雪に思った。




それが通じたのか、翌日は辺り一面真っ白だった。
朝食をすませ、一時間ほどしてから俺は、ティエリアの部屋を訪ねた。
『…どうぞ』
ノックをすると相変わらず無愛想な声が返ってくる。
中に入ると、ティエリアはデスクに着いていた。
「なあ、今からちょっといいか?」
「えっ?」
「何か予定、決めてるのか?」
「いえ、特には…」
「よし!なら、支度して」
「は?」
「外に出る格好だ」
「外って、雪が積もって…」
「だからだよ」
俺は奥の寝室へ行き、クローゼットからコートやマフラーを取り出す。
「ロックオン!?」
戸惑った表情のティエリアが驚いたように追いかけてきた。
「外は寒いから、しっかり着ないとな」
「え…ちょっ…」
有無を言わせず身支度をさせる。
手袋にイヤーマフまで着けるとほんとに可愛いぜ…って、おっと。
そのままティエリアの手を引き、俺もコートをひっかけて外に出た。
白に被われた景色。
ひんやりとした空気。
辺りはとても静かだ。
雪は十五センチくらいは積もっている。
「庭へ行こう」
言って、俺はティエリアを促した。
誰も歩いていない雪の上を歩かせたいと思った。
ティエリアは不安げにちらと俺を見たが、直ぐに視線を戻し、そっと一歩踏み出した。
きゅっと、雪が小さな音をたてる。
足元を確かめながらゆっくりと歩いている。
不安そうだったそれが、少しずつ楽しそうになったような気がした。
気をつけろよ、と言う前にぺしょっとこけて、膝と手を付いてしまった。
「大丈夫か?」
俺は追いかけてティエリアを覗き込んだ。
「―――」
「ティエリア?」
「…こんな雪の中を歩いたのは初めてだ…」
ぽつりと呟いたその表情は、嬉しそうだった。
その反応に俺も妙に嬉しくなった。

二人並んで庭へと回る。
別荘の庭はかなり広く、学校のグラウンドくらいはある。その奥はなだらかな丘になっていてそれがさらに広く感じさせる。
「…ここで何をするんですか?」
「そうだな…」
ソリでもあればよかったと思ったが、まあ、まずは。
「やっぱり雪だるまだな」
俺の言葉にティエリアがちょこんと小首を傾げる。
作ったことはないんだろうなあ。
「ほら、こうやって雪玉を作って――」
ティエリアは言われた通りに雪を丸め、転がしていく。
ころん、ころんと雪玉を一生懸命に転がしていく様子は歳相応で可愛らしく、つい頬が緩んでしまう。
さて、俺も作るかな。
二人して転がすこと、十数分。
庭が広いお陰で、綺麗な白い雪玉ができた。
しかも思ったより大きくなった。
俺はごろごろと、雪玉をティエリアの側へと転がす。
ティエリアは頬を紅潮させてこちらを見た。
いや、ほんと、可愛い…って、待て待て、俺!




2010/10/15