in the park
「じゃあ、僕、ちょっと行って来るね」
「ああ」
「アレルヤ」
何やらぼそぼそと話すアレルヤとロックオンにティエリアが声をかける。
「えっ?な、何?」
体格のいいマイスターは狼狽して振り向く。
「何処へ行くんだ?」
「えっと、その、この向こうの池まで...」
「その程度のことを何故、隠そうとする?」
「え、いや、隠そうとしたわけじゃ、ないけど…」
「だったら、どうして――」
「まあまあ、ティエリア」
ロックオンが割って入る。
「この公園に来てから、アレルヤの見たかったものがあるのが分かったんだ。そこへ行って来るだけだ」
「それならそう言えばいい」
「予定外だからな。アレルヤも気を遣ってんだよ」
「それは…今はオフだから、その程度は許容できる」
少し拗ねたように視線を逸らせるティエリアにロックオンはくすと、微笑う。
「だとさ、アレルヤ」
「うん。ごめんね、ティエリア」
アレルヤは照れくさそうに眉尻を下げる。
「この先の池にね、珍しい鯉がいるらしいんだ。それを前から見てみたくて。でも、ティエリアはそういうの苦手だと思うから…」
その言葉に、ティエリアの眉がぴくりと動いたのにロックオンはしまったと思ったが、アレルヤは気付かない。
この場合、‘苦手’はティエリアには逆効果だ。
「―僕も行こう」
「えっ?」
「鯉を見るだけなのだろう?ならば何の問題も無い」
「あ、だけど…」
アレルヤは助けを求めるようにロックオンに視線を向ける。
「…そうだな、一緒に行くか」
「え、」
「だから、見るだけ、だろ?」
わずかに首を傾け、言外に意味を含ませて、明るく言う。
「あ…そうだね」
「――それで、何処にあるんだ?」
「あ、こっちだよ」
話は決まったとばかりのティエリアに促され、アレルヤは歩き出し、二人は後に続いた。
「ここだよ」
その池は瓢箪型をした割と大きなもので、周囲は人が歩けるように整えられ、その周りには低木が綺麗に植えられている。
瓢箪の括れた部分には橋が掛けられていた。
ティエリア達の反対側には家族連れらしい数人が歩いている。
池を覗くと何匹もの錦鯉が悠然と泳いでいる。
一見したところ特に変わったようには見えなかった。
だが、比較的黄色っぽい鯉が多いようにティエリアには思えた。
アレルヤは側にある自動販売機から、鯉の餌を買って来ていた。
餌の入った袋を手に遠慮がちに二人に了承を得て、餌を池に撒く。
するとすぐに、鯉は集まり、ばしゃばしゃと水を跳ねさせながら先を争うように餌を食べ始める。
ティエリアは思わず少し後ずさった。
「ティエリア?」
傍にいるロックオンが窺うように声をかける。
「―これが珍しい鯉なんですか?」
「…っていう話だが…」
怪訝に思いながらアレルヤを見れば、彼はしゃがみ込み嬉しそうに餌をやっている。
――と。
「!?」
一匹の鯉が餌を差し出しているアレルヤの掌の上にぴょんと飛び乗り、そのまま餌を食べているではないか。
「へぇ〜」
ロックオンが感嘆の声を漏らす。
「これが珍しいってヤツ?」
「うん、そう。元々人懐こいタイプの鯉を品種改良したものなんだって。ここの鯉の半分くらいは手乗り鯉らしいよ」
「手乗り鯉ねぇ」
世の中にはいろんな趣味の奴がいるもんだと苦笑しつつ、ティエリアを見ると、その表情はわずかに引きつっている。
「大丈夫か?ティエリア」
「…大丈夫です…見るだけ――!?」
「あっ!」
「えっ?」
どういう訳か、池から大きく跳ねた一匹の鯉がティエリアの元へ飛んできた。
つい条件反射(?)で、ティエリアはそれを両手で受け止めてしまった。
「―……―」
「ティ、ティエリア?」
ティエリアは完全に硬直状態だ。
掌の上の鯉は口をパクパクさせ、何故か喜んでいるように見える。
「すごいね、ティエリア。鯉の方から来させるなんて!せっかくだから餌もあげてみるかい?」
心底感心したようなアレルヤに、ロックオンは頭を押さえつつ。
「あー、アレルヤ、いいから鯉を取ってやってくれないか?」
言われて漸く気付いたように、慌ててティエリアの手から鯉を取り、池に放す。
「あの…ティエリア?」
まだ硬直したまま、ティエリアは茫然と自分の両掌を見ている。
「ティエリア、もう鯉はいないぜ」
その言葉にはっとしたように、ティエリアは顔を上げ、ロックオンを見た。
「あ…」
「大丈夫か?」
紅い瞳はロックオンを、それからアレルヤを見て、再び自分の掌に戻った。
「……」
ぬるぬるとした感触が、まざまざと蘇る。
「…あの、ティエリ―」
「―万死、だ」
「え?」
美貌のマイスターの眦がつり上がる。
「万死に値する!アレルヤ!ロックオン!」
キッと、鋭い視線を二人に向けると、すたすたと歩いて行ってしまう。
「ご、ごめん」
「おいおい…俺もかよ」
二人のうち―一人は慌てて、もう一人は苦笑しながら―ティエリアの後を追った。
苦笑している方―ロックオンは、ティエリアが睨みつつも泣きそうになっている表情をしっかり認め、可愛いなあと思ったことは内緒にしておこうと、胸の中で呟いた。
終
2010/09/12
鯉の種類は忘れてしまいました(苦笑)