〜再逢〜
それは突然だった。
プトレマイオス2へ送られてきた、一通の暗号通信。
それを受けたのが自分だったのは偶然だったのだろうか。
ティエリアは何度もその通信文を読み返した。
これは一体何だろう。
読み間違えているのか、それとも都合のいい幻なのか。
その通信文にはこう書かれていた。
『――の補給時にある人物をお連れします。その人物はかつて、コードネームをロックオン・ストラトスと――』
ティエリアは震える手で、了解したと返信を打つ。
「……」
もしかしたら人違いかもしれない。いや、しかし。
今ヴェーダがあれば事の真偽を確かめられるのに。
混乱する頭に色々な思いが交錯する。
ずっと思っていた。
ずっと願っていた。
あれは夢で、彼はひょっこり現れるのではないかと。
明るい声で、髪に触れて抱きしめてくれるのではと。
けれど、その想いは胸の奥深くに仕舞い込んだのだ。
「――……」
ティエリアは瞳を閉じ、ゆっくりと呼吸を一つする。
紫のマイスターは静かに立ち上がった。
三日後。
ラグランジュ3の秘密ドッグに入港するプトレマイオス2のクルー達は落ち着かない様子だった。
それもそのはず、‘彼’がここにいるというのだから。
あの通信のあと、ティエリアはすぐにでも確かめに行きたかった。
逢って、確かめて、‘彼’であるならば伝えたいことは山ほどあった。
けれど、‘彼’の生存を望んでいるのは自分だけではないのだ。
それに――
「大丈夫か?ティエリア」
ドッグ内へと向かう通路で刹那に声をかけられ、はっとする。
自分でも気付かぬうちに足が止まっていたようだった。
「…大丈夫だ」
わずかな笑みを見せて、皆に続いた。
前を歩く、彼の唯一の肉親であるライルは当然、スメラギやラッセ達も期待と不安の混ざった複雑な表情をしていた。
ミレイナだけがそんなクルー達にどうしていいか分からないようで、戸惑いながらもついて来ていた。
ドアが小さな開閉音をさせて開く。
そこにいたのは――
間違いなく、――ロックオン、ニールだった。
長身の、少しクセのある茶色の髪で、『よう』といつものように手を上げて笑っている。
いや、いつもより幾らか困ったような表情で。
「久しぶりだな、みんな――ライルも…」
「ロックオン…?本当に…?」
フェルトが泣きそうな声で訊く。
「ああ」
「ロックオン!」
フェルトが堪え切れずに抱きついて泣き出す。
「―ったく、久しぶりじゃねぇよ、兄さん…」
「ほんとよ、もう…」
「ははっ、そうだな」
左腕でフェルトを宥めるように受け止めながら、再会した仲間達と言葉を交わす。
アレルヤも刹那も笑顔を浮かべ、その側でミレイナが、ほんとにそっくりさんですぅと飛び跳ねていた。
皆、心からの安堵と喜びに溢れている。
―よかった…本当に…―
ティエリアはそっと、その場を離れた。
あのとき、ドアが開いて、ほんの一瞬だがロックオン、いや、ニールと目が合った。
すぐに彼が自分を捜してくれたことが嬉しかった。
それだけで十分だった。
壁に右肩を預け、ことりと頭部をあてて寄りかかる。
ティエリアはプトレマイオス2の展望室に戻っていた。
本当ならもっと彼の傍にいって確かめたかった。
触れたかった。フェルトのように。
―でも、僕にはそんな資格は、ない…―
ほろ、と涙が零れた。
「…ロック、オン…」
生きていてくれた。生きていてくれたのだ。
それだけで、それだけでいい。
「…う、…」
ティエリアから嗚咽が漏れる。
口元を手で覆い、壁を伝うようにくず折れる。
「…オン、ロックオン…」
「――ティエリア」
不意にした声に、はっと顔を上げた。
そこ―展望室の入口―にはロックオンが立っていた。
「…ック…オン、どう…して、ここに…?」
喉が苦しくて上手く声が出ない。
「多分ここじゃないかと思って、刹那に場所を訊いた。あんまり構造、変ってないんだな」
懐かしそうな表情をしてロックオンが中へと一歩入ってくる。
「そうじゃ、なくて…」
言いながらティエリアは何とか立ち上がる。
「――もっと早く連絡したかったんだが、治療や身体機能の回復に結構時間がかかっちまってな。そうこうしてるうちに、ソレスタルビーイングが活動再開して、タイミングを逃しちまったんだ…」
ロックオンは困ったように笑って頭を右手で掻く。
「ちが…」
「…ティエリア、逢いたかった」
びくんとティエリアの身体が震えた。
「やっと逢えたのにおまえさん、黙って行っちまうし…俺としては、おまえに抱きついてきて欲しかっ――」
「でも!僕…僕には、そんな―」
「ストーップ!また資格がないなんて、ンなこと言うなよ」
ずいと、ロックオンは近づき、ティエリアが背にしている壁に、その細い身体を挟むように両手をついて捕らえる。
目の前に在るブルーグリーンの瞳。
「……だって、僕のせいで、あなたはっ――」
「前にも言っただろ?あれは俺が勝手にやったことだって。それとも、もう、…俺のことなんかキライになっちまった?」
ふるふるとティエリアはかぶりを振る。
「そっか…よかった」
ふっとロックオンが嬉しそうに微笑む。
「ロックオン…」
涙を浮かべたまま、ティエリアは彼を見つめる。
「ああもう…こんなにして...」
彼の指が優しく頬に触れ、涙を拭う。
その温かさにまた、ぽろぽろと涙が零れる。
「ティエリア…」
「ほんとに…本当に、あなたなんですね?ロックオン…」
「ああ―逢いたかった、ティエリア」
「僕、僕も…逢いたかった…ロックオン!」
ティエリアは広い胸に飛び込み抱きしめる。
ああ、間違いない。
この腕も胸も、強く抱擁を返してくれる温かさも、間違いなくずっと逢いたかった人のもの。
「ロックオン、ロックオン…」
「ティエリア…もう泣くな」
温かな手が髪を撫でてくれる。
「だって…」
そう言われても止めることができない。
胸がいっぱいで、ただ涙が溢れてくる。
もっといろいろなことを話したかったはずなのに。
「ティエリア」
ロックオンが腕を解き、顔を覗き込んでくる。
見つめるブルーグリーンの瞳。大好きな綺麗な瞳にはこの上もなく優しい色が映る。
「ただいま、ティエリア」
「…おかえりなさい、ロックオン」
二人はそっと唇を重ねる。
逢いたいと願い、再び逢えた想いを込めて――
終
2010/11/27
ニルティエの再会が皆と一緒だったらどんなかなーと思ったものです。
かなり前に放置していてものを書いてみました(苦笑)