そのままの君を



無限へと広がる闇色の宇宙。
その彼方から細く届く星々の光。

できるならその中へこの身を浸したいと、ティエリアは思った。
そうすれば、絡みつくような重力や、理解し難い人間の感情から逃れられるような気がして。
「―――」
ふっと、ティエリアは自嘲気味に口元を歪めた。
こんな非科学的、非論理的な愚考をしてしまうとは。自分はずい分と――
「―!?」
不意に、背後から二本の腕が現れて、抱きしめられる。
こんな事をするのは、このプトレマイオスでただ一人。
「おどかさないで下さい、ロックオン―!」
「んー?だってさ、」
ロックオンは抱きしめる腕にさらに力を込め、耳元で囁く。
「おまえが宇宙の中に消えていきそうだったから」
「………」
その言葉にティエリアは固くしていた身体の力を抜いた。
応じるように、ロックオンは柔らかな紫の髪に口付ける。
頬に降りてきた口付けにティエリアが振り返ると、唇が寄せられる。
思わず流されそうになったが、はっとしてそれを止めた。
「…っ、ダメです!」
「どうして?」
「どうして、って―」
ここは何時、誰が来てもおかしくない展望室なのに、何とも思わないのだろうか。
彼は割とそういうところは構わないらしく、それがティエリアには解らないことでもあった。
ロックオンにしてみれば今更で。
既にクルーのほとんどに知られているし、虫除けにもちょうど良い。
それに、ささやかな抵抗を見せるティエリアが可愛らしくてたまらないのだ。
「ロックオ―!?」
「!?」
ティエリアがさらに抗議しようとしたとき、ふわと身体が浮いて、照明が消え室内が暗くなった。
「――何だ?」
「重力制御システムエラーのようです」
入り口脇のパネルのモニターに赤いエラーの文字が映っている。
床の四隅にある小さな非常灯がついた。
すぐに復旧するだろう。

ロックオンは腕を伸ばし、ティエリアを引き寄せ抱き込んだ。
ティエリアは一瞬身じろいだが、おとなしく身を預けた。

ガラス越しに星の光が見える。

彼方へと広がるその空間に、二人だけで漂っているような感覚にティエリアの中の何かが震えた。
「こうしてると、世界に二人だけみたいだな」
自分が感じていたことを言われ、ティエリアはロックオンを見た。
暗くてよく見えないのに、視線が合ったのが分かった。
きっとその空色の瞳はとても優しい表情をしているのだろう。
気恥ずかしくて、顔を逸らそうとした。
けれど、後頭部をロックオンに押さえられ、口付けられる。
「んっ…」
柔らかな口付けはすぐに深いものに変わっていく。
熱い舌が口腔内に滑り込み、絡めとられる。
甘い熱に躰が溶かされて、力が入らない。
何とか、彼と自分の胸の間に挟まれた手を動かして彼の胸元の服を掴んだが、それすら抜け落ちていく。
全てをロックオンに預けてしまったところで、やっと解放された。
と、室内の照明がついた。
「…あ…」
吐息混じりの小さな声を漏らして、ティエリアはロックオンを見つめる。
熱を映した潤んだ瞳にロックオンは満足そうな笑みを浮かべると、軽く壁に手を突きティエリアを抱いたまま身体の位置を床へと近付けた。
重力制御システムが作動するからだ。
それはゆっくりと調整されていくはずだった──が。

「!?!」

普段この中では感じないほどの重力がいきなり圧しかかり、二人はバランスを崩した。
体勢が斜めになっていたため、そのまま壁に強かに押し付けられる。
瞬間ではあったが、かなりのGがかかった。
「―痛ってぇ…大丈夫か?ティエリア」
ロックオンは打ち付けられた左腕を撫でながら、ティエリアの方を見た。
「…っ…」
ティエリアは右後頭部辺りを手で押さえて俯いている。
「ティエリア?」
覗き込むと彼の顔は苦痛に歪んでいた。



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