「おはよう、ハロ」
タイミングが良いのか悪いのか。アレルヤがトレイを持って立っていた。
ロックオンは片手を上げ、返事をした。彼はロックオンの向かいの席に座った。
「どうかしたんですか?」
難しい顔をしているロックオンに、アレルヤはティエリアを一瞥して訊ねる。
ティエリアに何かあったのかと。
「いや…」
何もないと、手をひらひらさせて答えた。
ふと、ロックオンはティエリアが凝っとテーブルに置いた自分の手を見ているのに気付いた。
「ティエリア?」
「もしかして、手袋が気になるんじゃないですか?」
「あ?ああ…」
言われてロックオンは皮手袋を外し、掌をティエリアに差し出すようにして見せた。
「―――」
ゆっくりとティエリアの右手が動いて、差し出されたロックオンの掌に触れた。
躊躇いがちにそっと指先が触れ、そして重ねられる。
ロックオンは驚きながらも嬉しくて、笑みを浮かべ、愛しむようにその手を握った。
ティエリアも少し驚いたような表情をしてロックオンを見たが、手を放すことはなくて。
ほんの一瞬、微笑んだ。
「――っと、…」
カチャッと食器の当たる音とともに、アレルヤが慌てた声を漏らした。
見れば、トレイを持ち、立とうとしたらしいアレルヤが気まずそうにしていた。
「あ、その、…」
「どうした?」
「えっと、僕はお邪魔かな〜と」
「んなことねぇよ」
と言いつつ、内心は少しだけ思っていたのだが。
かたんと、ティエリアが席を立ち、扉へと向かう。
「ティエリア、どこへ行くんだ?」
《オ部屋!オ部屋!》
ティエリアの代わりにハロが言う。
「あ、ティエリア」
呼ばれて、振り返りはしないがティエリアは足を止めた。
ロックオンは立ち上がり、まだ幾らか頼りなげなままの彼の傍へ行く。
「…昼は一緒に食べような?」
「……」
こくりと小さく頷いて、ティエリアは出て行った。
その後をパタパタとハロが追っていく。
「――良かったですね、ロックオン」
「まあな」
安堵と嬉しさとが混ざったような顔をしてロックオンは席に戻った。
本当は、ニヤケていますよと言ってやりたいくらいだったのだけれど。
「少しでも話してくれるとな」
「どうして話さないんでしょう?」
「―――」
話さないのか話せないのか。
「でも…」
「ん?」
「‘おじさん’って呼ばれなくてすみますよね」
絶句──
せっかく忘れていたのに。
恋人に、あの状態のティエリアに真顔でそんなことを言われたら、当分立ち直れない。
頭を抱えるロックオンに笑みを浮かべて、見せつけられたんだからこれくらいいいよねと、アレルヤはもう一人の自分に話しかけた。
それからは当然のごとく、ティエリアの相手はロックオンだった。
クルー達も面倒見の良い彼ならと安心した。
また、ティエリアの状態を心配しつつ、その一方で、今まで見たことのない可愛らしい彼の様子も気になっていた。
けれど時折見かける二人の姿は、見ているこちらが気恥ずかしくなるほどで。
皆は微苦笑するしかなかった。
◇ ◇ ◇
二日後の午後。
ロックオンがブリッジから部屋に戻ってくると、ティエリアの姿がなかった。
自室に戻ったのかと、行ってみたがいなかった。
どこへ行ったのかと、ロックオンは艦内を捜した。
別に慌てて捜さなくても、ずい分とティエリアは落ち着いてきているのだから、とは思う。
けれど、記憶はもちろんだが、未だに話さないことが気にかかっていた。