けれど、記憶はもちろんだが、未だに話さないことが気にかかっていた。
食堂や展望室、あちこち捜したが姿はなかった。
「―――」
後、捜していないのは──
ロックオンはヴァーチェの格納庫へと向かった。
格納庫の扉の開閉ボタンを押し、中へ入ると身体が浮きそうになり、扉横のサイドバーに掴まった。
重力制御が解除されていたのだ。
前を見上げると─ティエリアがいた。ヴァーチェの上方で無重力を楽しむように漂っている。
その周りにはカラフルなハロ達も飛び回っていた。

無邪気な笑顔でハロと戯れているティエリア。

彼のこんな姿を見るのは初めてだ。
ふと、ティエリアがこちらに気付いた。壁面を手を突いて、こちらへと降りてくる。
柔らかな微笑みを浮かべ、真っ直ぐに。
その背に見えたのは白い翼と暖かな光。
ロックオンが右手を伸ばすと、ティエリアはその手にふわりと掴まった。
重力値を通常設定に戻すと、ロックオンはティエリアを両手で支えるようにして、足を床に着けた。
「――捜したんだぞ…」
安堵と心配で苦笑混じりの呟きが漏れる。
ティエリアはちょこんと小首を傾げただけで、ロックオンを見ている。
幼さを残した、純粋な瞳。
それはティエリアの本質なのだろう。
「………」
―今のティエリアは闘いを知らない―
このまま記憶が戻らなければ、ティエリアは闘わなくてもすむのではないのか。
ロックオンの頭にそんな考えが過ぎる。
柔らかな穏やかな心のまま。
血ぬられた矛盾だらけの闘いから遠ざけることができるのでは――

ふと、頬に温かなものが触れた。
見れば、ティエリアの右手が宥めるように触れていた。
よほど自分はひどい顔をしていたのだろう、ティエリアが心配そうに見つめている。
「――!!」
堪らなくなり、ティエリアを掻き抱く。
―このまま何処かへ連れ去ってしまいたい―
「ティエリア…」
耳元で想いとともに囁く名前。
不意に、びくりとティエリアは身体を震わせると、ロックオンの胸の中から逃れようともがいた。
はっとして、ロックオンは抱きしめていた腕を解いた。
紅い瞳は怯えたように揺れていた。
「悪い…すまない、ティエリア…」
ロックオンは瞑目した。
自分を信頼してくれていた彼の気持ちを裏切ってしまったようで情けなかった。
「ハロ!ティエリアを頼むぞ」
《了解!了解!》
ロックオンは格納庫を後にした。

「……――オン…」

ぽつりと、微かな声が零れた。
―何故…?ドウシテコンナニ、胸ガ痛イ、ノダロウ…―



◇ ◇ ◇



その日の夕食時、食堂にアレルヤが来ると、ティエリアはもう食事を摂っていた。
隣の椅子ではハロがおとなしく座っている。
「ここ、いいかな?」
アレルヤがトレイを持って訊くと、ティエリアは小さく頷く。
アレルヤは彼の向かいに腰を下ろした。
黙ったまま食事を続ける様子は、普段と変わりないようにも見える。


一時間ほど前、アレルヤはロックオンと話をしていた。
通路で見かけたロックオンの様子が、先ほどまでとは違い、落ち込んでいるようで気になって、どうしたのかと声をかけた。
「んー…ちょっと、な」
彼はこちらを一瞥すると、困ったような笑みを浮かべる。
「…まさか…?」
あの状態のティエリアに何かしたのではと、アレルヤは非難めいた表情をする。
「ちょ、違うぜ」
その意を察し、ロックオンは慌てて否定する。
「でも、まあ…少しはそうかな」
「えっ?」
「なんか、さ…今のあいつを見てると、こんな所から逃がしてやりたい――なんて、思っちまって…つい、な」



次へ