「そういえば、記憶を失ったときと同じようなショックを与えると戻るってよく言いますよね」
「ショック療法…」
「そりゃあ、非科学的だろう―って、こら、納得するな、刹那」
アレルヤの言葉にしっかり頷く刹那を思わず制する。
「そうね」
「おい、ミス・スメラギ〜」
腕を組み、右手の指先を口元にあてて真顔で言うスメラギに抗議の声を上げる。
「誰も殴るなんて言ってないわよ。記憶を無くす直前の再現ね」
「は?」
「ドクターモレノもあと一息、きっかけさえあればいいって言ってたでしょう?」
「ああ」
「私だってティエリアに痛い思いはさせたくないし、万が一ってこともあるわ。それならまずは、記憶を失う前、現在の一番近い時間をきっかけにしたいのよ」
確かに記憶が戻りつつある今、それが呼び水になる可能性は高い。
「いいかしら、ティエリア?―フォローはロックオンよ」
スメラギに問われ、ティエリアは少し間を置き、頷いた。
「ほんとにいいのか?ティエリア」
ロックオンが心配そうに眉根を寄せる。
「…そうしたほうが、いいと思う」
「――それじゃ、お願いするわね、ロックオン」
「ああ」
ロックオンはティエリアの背に手を置きかけたがやめ、先に立って医務室を出ていく。
その後をティエリアは黙ってついて行った。
「…大丈夫なんですか?」
ドアが閉じるとアレルヤが呟く。
「さあ、どうかしらね」
「スメラギさん…」
困惑するアレルヤに、ふふっと戦術予報士は微笑して。
「可愛いティエリアを見られなくなるのは残念だけど、支障が出るのも困るでしょう?いろいろと」
ちらりと意味ありげな視線を向けられ、アレルヤは、引き攣った笑顔を浮かべるしかなかった。
その隣で刹那は、ガンダムだからなと呟いていた。
医務室を出たロックオンとティエリアは、展望室に来ていた。
ティエリアは強化ガラスに手を置き、外を見ている。
ロックオンは、そのほっそりとした後姿を思案気に見つめた。
一番近い記憶の再現―おそらくスメラギに想像はついているのだろう。
それにティエリアが話せるようになったら、そうしなければと考えてはいたのだ。
しかし、今、自分に対して嫌悪、あるいは恐怖心を持っているかもしれない相手に自分達が恋人同士だと伝えられるのだろうか。
「ここは…」
不意にティエリアが呟いた。
「えっ?」
「ここは、そらが見える…」
「ああ。おまえはここが好きで、よく宇宙を見ていたな」
ロックオンはティエリアの隣りに歩み寄る。
「――あのときも、おまえは宇宙ばかり見ていて、俺は…」
不安になった。だから抱きしめて口付けた。
‘ティエリア’を確かめたくて。
だが、それを今、どう伝えよう。
「ロック、オン…?」
戸惑いがちにティエリアが名前を呼んだ。
「…ロックオン?」
「そうだ」
「ロックオン・ストラトス?…」
「ああ、おまえの‘ロックオン・ストラトス’だ」
不思議そうに見つめるティエリアへ、深く語りかけるように繰り返す。
「俺は、おまえのロックオン・ストラトスであり、――ニール・ディランディだ」
「――ロックオ……ニール…」
紅い瞳が何かを探すように揺れる。
「ティエリア」
覚悟を決めロックオンは恋人の名を呼んだ。
「ティエリア、俺が嫌いか?」
小さくティエリアはかぶりを振る。
「だったら――触れてもいいか?」
意味がよく分からないのだろう。不安そうな表情が浮かぶ。
「お前が記憶を失ったとき、俺たちはここに一緒にいたんだ」
「……」
「だから、そのときと同じ、…同じようにしてみようと思う。きっかけになるかもしれんからな」
ロックオンは苦笑して、上手くいけばの話だが、と付け加える。
「ここに、一緒にいた……」
考えるように俯いていたティエリアは、そう呟くと顔をあげた。
「ああ。――少し、我慢してくれるか?ティエリア」
ロックオンは皮手袋を外し、不安に揺れる紅い瞳を安心させるように見つめながら、ティエリアの白い頬にそっと、右手で触れた。
2009/07/21