Sweet Kiss 



「お疲れ様」
「おかえりなさい、ティエリア。はい、これ」
ミッションから帰ってきたティエリアの前に、プトレマイオスの女性クルー達から、可愛らしくラッピングされた箱が二つ差し出される。
箱の一つはクリスティナとフェルトの手作りのチョコレートケーキで、もう一つはスメラギからのチョコレート。スメラギのものは、この時期限定の珍しいものだそうだ。
「―あ、りがとう…」
戸惑いながらもティエリアは礼を述べた。
「ティエリア、今日が何の日か知ってるわよね?」
その反応に不安になったのか、クリスティナが尋ねる。
知っていると答えると、良かったとクリスティナ達は笑った。

そう、今日はバレンタイン・ディ。
既に先に帰ってきた刹那やアレルヤは勿論、クルー全員にも彼女達は渡していた。
彼女達が数日前からこの日のために準備をしていたこともティエリアは知っていた。
以前の自分なら、何の興味もないことだったのに。
「あとはロックオンだけね」
「うん」
今回はそれぞれ単独ミッションだったため、帰ってくる時間は、ばらばらだった。
――ロックオン…――
実を言うと、ティエリアもチョコレートを用意しているのだ。
さすがに彼女達のように手作りとはいかなかったけれど。
作ってみよう、とは思ったのだ。
だが、クリスティナ達の邪魔をすることも憚られたし、短時間で上手く作る自信もなかった。
それ以前に、ここ一週間ほどはミッション中でもあったのだ。
「……」
ロックオンが帰ってくる予定時刻は今夜遅くだ。
ティエリアは貰った手の中の箱に一度視線を落とし、自室へと向かった。




◇ ◇ ◇



フロアには甘い匂いが広がり、ピンクや白のハート型のバルーンや寄り添った天使などの華やかなディスプレイが溢れている。
ここに入ってからあちこちで見かけるそれに、そういえば、今日はバレンタインだったんだなと、ロックオンは独りごちる。
軌道エレベーターに通じるショッピングモールの一階に彼はいた。
ミッション続きですっかり忘れていたそれを思い出すと同時に、もしかしたらティエリアが、等とつい、期待してしまう。
だが、もともとそういったことには疎いティエリアにそんなことを期待して負担に感じさせるつもりはない。
そのはずなのに、どうも感情というものは上手く制御できないようだ。
「俺から渡すってのもありだよな」
この頃は逆バレンタインというものもあるそうだから。
そう考えたのは良かったが、残念ながらリニアトレインの発車時刻に間に合わず、買えないままロックオンはリニアに乗り込んだ。


発車後暫くして、スメラギから暗号通信が入った。
――低軌道ステーションで乗り換えか…――
急な変更はよくあることだが、帰還の途中で、それも何の理由も添えられていないのは珍しいことだった。
けれどそれは大した問題ではないということなのだろうと、ロックオンは気にしなかった。

低軌道ステーションでの乗り換えには十分ほど時間があった。
ロックオンは指定されたコンパートメントに入り、シートに腰を下ろした。
もう少し時間があれば買い物もできたのに、とも思ったが、それよりも今夜はティエリアとどう過ごそうかといろいろと考えていた。
――と。
小さくドアをノックする音がした。
反射的に一瞬身構えたが、この状況で素性がバレたわけではないだろうと返事をした。
「はい?」
『…ロックオン?開けて下さい』
――えっ?――
聞こえた声にロックオンは慌てて立ち上がる。
「ティエリア!?」
ドアを開けるとそこにはティエリアが立っていた。
「ロックオン…」
「ティエリア、どうした―」
「入っても、いいですか?」
「あ、ああ」
中に入っても立ったままでいるティエリアに、座るように促すと、彼は腰を下ろした。
それとほぼ同時にリニアは出発した。
「どうしたんだ?こんなところで。トレミーに帰ってたんじゃなかったのか?」
ロックオンはティエリアの向かいに座りながら訊ねる。
「はい」
「じゃ、何かあったのか?」
「いえ、そうじゃなくて…」
ティエリアは少し俯き、逡巡しているようだった。
「―――……だから」
ややあって、膝の上に置いた組んだ両手をきゅっと握りしめながら、小さく呟いた。
「えっ?」
本当に小さく呟かれたそれにロックオンは聞き返した。
「―だから、これをっ」
ティエリアは隠すように自分の横に置いていた小さな包みを、ロックオンへと差し出す。
ロックオンは包みとティエリアを交互に見た。ティエリアの頬はうっすらと紅くなっている。
「俺に?」
言うと、こくりとティエリアは恥ずかしそうに頷く。



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