Present box
「あら、氷がなくなっちゃったわ」
「呑み過ぎですよ、スメラギさん」
「だいじょーぶよぉ。お祝いなんだから、どんどんいきましょ。ほら、あなた達も」
盛り上がる彼らから、少し離れたソファにティエリアは腰を下ろす。
お祝いの席だったそれは、既に二次会、酒宴と化していた。
フェルトやクリスティナ、刹那も自室に戻っていたので、実を言えば自分もそうしたかった。
けれど、まだできない。
言わなければならないことがあるから。
祝いの席―それはロックオンの誕生日を祝うものだった。
今彼らは、エージェントの用意したある別邸に来ていた。
オフの期間。それに偶然ロックオンの誕生日があると分かり、急遽、誕生日パーティーを開くことになった。
だが急ごしらえとは思えないほど、りっぱなものになった。
プレゼントも各々用意していて、ロックオンは嬉しそうに受け取っていた。
もちろん、ティエリアも用意していた。いや、パーティーの話を聞く前からしていたのだ。なのに――渡せなかった。
皆の前で渡すことが、無性に恥ずかしかったのだ。
おめでとうの言葉を言うのが精一杯だった。
けれど彼は、『その言葉だけで十分だ』と笑った。
ロックオンと恋人として付き合うようになってから、恋愛に関する映画や書物なども幾らか調べてみた。
よく分からないものがほとんどであるが、『好きな人に貰ったものって特別よね』と、ある映画でのヒロインの台詞には共感するものがあった。
ティエリアも、ロックオンから貰ったものは特別だと思えるからだ。
「………」
仮にも'恋人'である自分がプレゼントを渡さない、いや、用意すらしなかったと思われるのは良いことではないだろう。
プレゼントは自室に置いてきたままだ。取りに行こうかと考えていると。
「ティエリア」
声に顔を上げると、ロックオンが傍に来ていた。
「―ロックオン」
「これ、食べたか?」
「えっ?」
見ると、彼は手に皿を持っていた。その皿の上には数個の桜餅が乗っている。
それは刹那が沙慈という隣人から、三月三日の桃の節句に食べるものだと聞いて買ってきたものだった。
その節句が女の子の祭りだと知り、かなり盛り上がった。
「結構旨いぞ」
「でもそれは、刹那があなたに―」
「―って言っても、まだ沢山あるんだぜ。珍しいものだし…おまえ、甘いもの好きだろ」
ロックオンはローテーブルに皿を置き、ティエリアの左隣りに腰を下ろした。
「ほら」
促されてティエリアは桜餅を一つ手にする。巻かれている葉を取り除きピンク色をした餅を口に運ぶ。
「…美味しい、です」
「だろ?」
小さく呟くと、ロックオンはにこりと笑った。
「あの…」
「ティエリア、頼みがあるんだが」
「はい?」
ロックオンはちらりとスメラギ達を一瞥すると、ティエリアにすっと近付いて。
「食べさせてくれるか?」
「えっ?」
悪戯っほい笑みを見せて、彼が指差すのは桜餅。
「で、でも、皆が…」
「へーきだって。あいつら出来上がってるし」
見れば、確かに酔っ払いの集団のようではある。
「な?」
にっこりと期待の表情をして迫ってくる。普段なら断るのだけれど、今日は――
それにこの位置なら、ロックオンの背に隠れて彼らには見えないだろう。
「分かりました…」
ティエリアは桜餅を取り、葉を剥こうとしたが、ロックオンはそのままでいいと言う。
彼の口元に持っていくと、嬉しそうにぱくりと半分ほどかじる。
その様が何だか子供のようで、ティエリアは小さく微笑む。
残り半分を食べさせて、ほっとし、引っ込めようとした手首を不意に掴まれる。
何かと思っていると、食べ終わったロックオンは掴んだその指先をぺろりと舌で舐めた。
「なっ!何をするんです!」
スメラギ達に聞こえないように声を落として抗議する。
「美味しそうだったから」
「何を言ってるんですかっ」
腕を引いても掴んだ手は離されず、握り締めた手の甲までも舐められる。
「―っ、ロックオン、あなた酔ってますね!?」
「んー?ちょっとな」
くっくっと喉の奥で笑う。
「離して下さいっ―」
引っ叩いてやろうかと思っていると、スメラギから声がかかった。
「何してるのぉ、あなた達、こっちいらっしゃいな。ロックオン、あなたは主役なんだから…ほら、ティエリアも」
「そうっスよ」
リヒテンダールの救いを求めるような声も聞こえ、ロックオンは残念そうに立ち上がる。
けれど、掴んだ手は離さずに、スメラギ達の方へ向かった。
◇ ◇ ◇
ティエリアは庭に出ていた。
あれから少ししてプレゼントを取りに自室に戻った。
けれど、タイミングを逃してしまって、何時どうやって渡せばいいのか分からない。
慣れないお酒のせいもあるかと、酔いを醒まそうと外に出たのだった。
三月とはいえ、まだ夜は冷える。
だが今は、このひんやりとした空気が心地良かった。
――ロックオン…――
手にした長方形の箱をそっと握りしめる。
プレゼントはごく普通のネクタイだった。何を選んだらいいのか悩んだけれど、以前ミッションでの彼のスーツ姿がよく似合っていたのを思い出した。
立ち寄った店でも、こういったものなら数があっても大丈夫だと言われ、これに決めた。
さわと風が吹いて、木々が柔らかく撓り、ティエリアの髪を揺らした。
月は満月には少し足らないが、白い光を放っている。