天使さんと騎士(ナイト)さん




――…助けて……さん――

――お願い…ママを…助けて、……さん――


「………」
ティエリアは凭れていた窓辺から、はっとして頭を起こした。
――今のは…?――
庭の景色を眺めて考え事をしていたはずなのに、いつの間にかぼんやりしていたのだろうか。
不意に聞こえた小さな声に、ティエリアは首を傾げた。



◇  ◇  ◇



「ティエリア!」
寮の門を出たところで、声をかけられる。従兄弟のリジェネだ。
「何か用か?」
「君、今から人間界に降りるんだろう?」
「ああ」
「一人でって、聞いたけど?」
「ああ」
「えーっ、そんなの危ないよ、僕も一緒に行くよ」
「リジェネ…」
ティエリアは溜息を吐く。
「何が危ないんだ?」
「だって、人間に襲われでもしたらどうするんだよっ」
「僕が簡単に人間に襲われるとでも?」
「そうは言わないけど…ティエリアは綺麗なんだからさぁ」
もっと気を付けなきゃと、リジェネは難しい顔をする。
この同い年の従兄弟は、妙に心配性なところがあった。
特にティエリアが天使になり、この仕事をするようになってから、それに拍車がかかったような気がする。
「――で、あいつは何で行かないのさ?」
「彼は、会議中だそうだ」
「ふぅん、あんな奴でも君のボディガードにはなるのに」
「ニールはボディガードじゃない。パートナーだ」
「どっちでも。僕にすれば一緒だよ」
リジェネはティエリアのパートナーであるニールが気に入らないらしい。
「やっぱり、僕も行くよ。だいたい人間界に降りるときは二人が原則なんだし」
「リジェネ、これは僕の任務だ。それとも僕が失敗するとでも言いたいのか?」
「そんなこと、ないけど…」
「君は今回の任を受けてはいない。それに後から彼も来るようになっている」
そこまで言うと、やっと諦めたのかリジェネは大げさに肩を落とす。
「分かったよ。じゃ、気を付けて行っておいで」
「ああ」
ティエリアは、その背に白い翼を広げた。




◇  ◇  ◇




――ここか…――
ティエリアがそこに降りたのは夕方近くだった。
ほぼ同じような大きさの家が並ぶ住宅街。
その家はその中にあり、落ち着いた煉瓦色の壁に白い窓枠が映える二階家。庭木や芝生もよく手入れされていて、鉢植えには小さな花も咲いていた。

まだ人が行き交う時間、ティエリアは姿を人間には見えないようにしていた。
――微かだが、確かに邪念がある――
その家に意識を集中していたティエリアは、そう感じ取った。
それが何に因るものなのかを調べなければならなかった。
邪念のような負に属するものは、夜の方が捉えやすい。
ティエリアは夜を待つことにして、家人の様子を見ようと、ふわと二階の窓に飛んだ。
人の気配に中を見ると、寝室らしく、ベッドに女性が横になっていた。
その顔には疲労の色が濃く浮かんでいる。
ドアが開き、十歳くらいの女の子が入ってきた。横になっている女性の子供らしく、とても心配そうにベッドの傍へ寄った。
もしかして、あの声はこの子なのだろうかと、確かめようとさらに窓に近付いたとき、その少女がこちらを向いた。
少女の瞳が驚きに見開かれ、そして次第に歓喜の表情になる。
見えているのかと考える間もなく、両開きの窓が勢いよく開けられ、泣き出しそうな笑顔でその少女は叫んだ。
「天使さん!やっぱり来てくれたですぅ!」



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