小さく指をニールが鳴らすと、ミレイナが目をこすりながら顔を上げる。
「あれ?あたし…」
「ミレイナ」
「天使さん!」
ミレイナはがたんと椅子から立ち上がった。
「もう、大丈夫だ」
「ママ、元気になるですか?」
「ああ」
「ありがとうですぅ!」
「!!」
いきなり抱きつかれ、ティエリアは硬直する。
どうしたものかと、後ろにいるニールを見ると彼は優しい表情で、促すように、ちょっと首を傾ける。
ティエリアは戸惑いながらも、ミレイナの頭をそっと撫でた。
ミレイナは嬉しそうに笑って、ティエリアを見上げる。
そしてふと、後ろに立っているニールに気付いて声を上げた。
「あーっ!騎士さんですぅ!」
ぴょんと跳ねるようにしてミレイナはニールの方に行く。
「わあ、やっぱりかっこいいですぅ!」
「ありがとな、お嬢ちゃん」
ニールは軽くウィンクして頭を撫でてやる。
「騎士な悪魔さんは、天使さんと仲良しさんですよね?」
「ああ」
「いつも一緒ですよね?」
「ああ」
「わあわあ、やっぱり本当ですぅ!」
そんな二人の会話にティエリアは何故か恥ずかしくなる。
「ミ、ミレイナ」
「はい?」
「今夜は君もゆっくり休むといい」
「そうだな。明日の朝になればママも元気になる。そのときにお嬢ちゃんが疲れてたら、ママが心配するだろう?」
「はいです」
「…じゃあ」
「ええ」
ニールとティエリアは顔を見合わせると、ミレイナから少し離れた。
彼女はちょっと淋しそうな顔をしたが、二人が白と黒の翼を広げると目を見張り嬉しそうな笑顔を浮かべる。
「では、ミレイナ」
「元気でな、お嬢ちゃん」
天使と悪魔はふわりと舞い、夜空へと解けるようにその姿は消えていった。
―ありがとうです…―
ミレイナは暫く二人が消えた空を見つめていた。
◇ ◇ ◇
天界に戻り報告をすませると、直ぐに天使界に帰ろうとするティエリアをニールは引き止めた。
「…ニール、何か――痛っ、何をするんです?」
「何かじゃないだろう」
ティエリアは小突かれた頭に手を当て、ニールは溜息を吐きながらパートナーである天使を睨む。
二人は今、魔天道界にいた。
魔天道界とは天使も悪魔も住むことができる、天使界と悪魔界の間に位置するところだ。
「何であんなことをしたんだ?」
「…先に行くと言っておいたはずです」
「先に行っても、俺が行くまで手は出さないはずだったな?」
「それは…」
「―ったく、おまえは‘天使’なんだからもう――」
「分かっています!」
「ティエリア…」
「それは分かっています、けど…」
ティエリアは俯き、手を握り締める。
「…僕は、いつも…」
本当はこんなことは言いたくはない。けれど言わなければ彼は、このままにしてはくれないだろう。
じっと見つめる空色の瞳がそう告げている。
「あなたに、負担をかけてしまうから――」
ぽつりと呟くように言われた言葉に、ニールはわずかに目を見開き、苦笑するとティエリアを抱き寄せる。
「ニール?」
「そんなこと気にしてたのか?」
「だって…」
「俺達はパートナーだろう?何のために相棒がいると思ってるんだ?」
「それは…」
天使と悪魔がパートナーを組むのは‘正’と‘負’の力にそれぞれ対抗するためだ。
ことに正邪が混在する人間界ではそれは重要なことだ。
負の力を浄化するのは天使だが、それを抑制する力は悪魔の方が強い。
強力な負、魔と化したものを制するには黒魔術に精通した悪魔の力が必要になる。
だからこそのパートナーなのだ。
2009/11/30