Oneday Everyday
「おーい、メシだぞ」
ロックオンはミルクの入った器を手に呼ぶ。
が、やっぱり何の返事もない。ロックオンは器をキッチンのテーブルに置くと、リビングを覗いてもう一度呼んだ。
「ご飯だよ、てぃえりあ」
すると、ソファに丸まっていた‘てぃえりあ’はするりと降りて、キッチンに来ると椅子の上にとん、と上がり、にゃあと鳴いた。
ロックオンが器を椅子の上に下ろし、どうぞと言うとミルクを舐めはじめた。
この‘てぃえりあ’―猫―はなかなか気難しいようだった。
一昨日からロックオンは、ある街の隠れ家であるアパートに来ていた。
着いたのは日も暮れかけたころで、雨も降りだし急いでいた。
その途中、道端に丸まっているこの猫を見つけた。
弱っているらしい猫をこのまま雨の中に放っておくわけにもいかず、連れてきてしまったのだ。
乾かして温めて、何とかわずかだがミルクを飲んで安堵したのは明け方近く。
それからロックオンも少し眠って、起きてからが大変だった。
回復したらしいその猫を、様子を見ながらそっと触れてみた。
おとなしくしているので大丈夫かと思いきや、いきなり手の甲を引っ掻かれた。
警戒心も露に猫は部屋の中を逃げ回った。
はじめは追いかけていたロックオンもあれだけ元気なら心配もないかと思い直し、追うのをやめた。
窓を開けてそのままにしておいた。そうすれば出ていくだろうと。
自分の立場も考えれば、飼うわけにもいかないのだから。
素知らぬふりをして食事をし、コーヒーを淹れてソファに腰かけると雑誌を広げた。
ふと気付くと、傍に猫が来ている。
だが気付かぬふりをして雑誌を見ていた。
するとそれは、ひょいとロックオンの膝の上に乗ってきたのだ。
おいおいと驚きつつ、そっとその背中を撫でてみる。
また引っ掻かれるかと思ったが、今度はおとなしく撫でられていた。
となると情が移るというもので。
名前を付けたくなり、いろいろと呼んでみた。
雌なのでアンジェラ、ベス、セシルなど女の子の名前を言ってみるが、つんとしたまま返事がない。
何となく誰かを思い出してしまう。
しげしげと膝の上の猫を見つめる。
紫がかった灰色の艶やかな毛並みに細く長いしっぽ。
黄色い瞳は光線の加減で金色にも見える。なかなかの美人だ。
「…ティエリア?」
つい口にした名前。それにみゃあと反応があった。
――え…?――
額に妙な汗を感じつつ、もう一度ティエリアと呼べばしっかりお返事。
あいつに知られたら事だよなぁと苦笑いして。
でも確か、今回は大丈夫だったよなと安心していた。
その日の昼下がり。
ドアをノックする音がした。どなたと訊いたが返事がない。
とはいえ、怪しい気配でもないためドアを開いた。
と、そこには。
「――ティ、ティエリア!?」
ティエリアが立っていた。
「どうかしましたか?」
いつもとは違う驚きようにティエリアは訝しげな顔をする。
「あ、いや…」
「誰かいるのですか?」
「いいや、」
と言ってもロックオンの目は泳いでいる。
「――…お邪魔のようですので失礼しま―」
「ちょっと待て!」
踵を返すティエリアの手首を慌てて掴んだ。誤解をしているであろうティエリアをこのまま帰すわけにはいかない。
「誰もいないって」
「―――」
ティエリアの瞳はやはり疑っている。
「入れよ、とにかく」
ロックオンはティエリアを部屋に入れてドアを閉めた。
「調べてみるか?」
困惑しているようなティエリアに軽い調子で言う。
「それには及びません」
ロックオンが自分を部屋に入れたことで、ティエリアはもう疑ってはいなかった。
ただ少し気恥ずかしくなっただけだった。
「てきとーに座っててくれ。コーヒー、淹れてくるよ」
「はい」
「……」
部屋を見回してみる。
何となく、印象が以前に来たときと違っているような気がするのだが、よく分からなかった。