Snow Snow Snow
――ここか…――
ロックオンは渡された地図を確認して、ある家の呼び鈴を押した。
別荘と聞いていたその家は、ドイツ地方の古い民家を移転改築させたもので、落ち着いた雰囲気の中にもどことなく可愛らしさがあった。
暫くしてドアが開いた。
「よく来てくれたわね、ロックオン」
「まあね」
にこやかに迎えてくれたのは、大学の先輩だったスメラギ女史。
「ごめんなさいねー、無理を言って」
そう言われて俺は苦笑する。
彼女からの無理難題は大学時代からのものだったからだ。
スメラギ女史から電話があったのは三日前。
久しぶりのことで何かと思えば、一週間ほどある人物の相手をしてほしいということだった。
最初は断ったが、実を言うとそれは彼女からの頼みではなく、大学の恩師―さらにその恩師―からの頼みだという。
そうなると断れない。
どういうわけか会社もすんなり有給を出してくれた。
何となく釈然としない感じもしつつ、ここに来たのだ。
「ところで、スメラギ女史」
廊下を歩きながら俺はコートを脱いで、腕にかける。
「相手をしてほしい人物って何者?」
わざわざこんな別荘まで用意するなんて。
「んー…ちょっと変ってる子なのよね」
‘子’というからには年下か。
「変ってるってどんな風に?」
「会えば分かるわよ」
前を歩く女史は、ちらと振り返り悪戯っぽい笑みを見せた。
これはやはり貧乏くじかと苦笑いが浮かぶ。
女史に案内されて応接室に入った。
ゆったりとした高価そうなソファに腰かけていた人物が俺達に気付いて、立ち上がる。
俺は、その‘人物’に思わず目を丸くした。
「紹介するわ。彼があなたに相手をしてもらいたい人――」
「はじめまして、ティエリア・アーデです。あなたがロックオン・ストラトスですね?」
‘ティエリア・アーデ’そう名乗った人物は――子供だった。
七、八歳くらいだろうか。
紫の髪に紅い瞳、可愛らしいピンクのカーディガンを着ていて、女史が彼、と言わなければ女の子だと思っただろう。
成長すればかなりの美人になるなと、頭の一部でそんな事を思いながら紹介された相手が子供だったことに俺は驚きを隠せなかった。
そのため返事に少し間が空いてしまった。
「あ、ああ。ロックオン・ストラトスだ。よろしくな」
「一週間ほどここで過ごすことになりますが、あなたも自由にして下さって結構ですので」
「…は?」
そう言うと、ティエリアはぺこりと一礼して応接室を出ていってしまった。
「……」
「ね、変ってるでしょう?」
困ったものだというように溜息を漏らす女史。
そうじゃないだろう。
俺は彼女へと向き直る。
「スメラギ女史〜」
「何かしら?」
にっこりと笑顔が返ってくる。
「何なんだ?これは」
「何が?」
「相手が子供だなんて聞いてないんだが」
「あら、ごめんなさい。言い忘れてたみたい」
手を口元にあて、ころころと笑う。
この確信犯め。
俺は諦めて、大きく溜息を吐いた。
「で、俺はあの子の勉強でもみてやればいいわけ?」
「それは必要ないわ。あの子、大学生だから」
「は?」
俺はまた驚いた。
確かにスキップする者がいるにはいるが。
ずい分と飛んだものだ。
「天才ってことか?」
「それもあるけど…シュヘンベルグ財団って知ってるわよね?」
「ああ」
シュヘンベルグ財団といえば、医療や科学技術でトップレベルを誇る大学、研究所を有しているところだ。
だがそれだけではなく世界中どこに行っても、何かしら系列会社があるだろうといわれるほどの大財閥グループだ。
「もしかして、あの子…」
「そう。次期当主候補」
さらりと彼女が告げる。
「英才教育もばっちりだそうよ」
「…ちょっと待ってくれ。どうしてそんな人物の相手を俺に?」
俺は困惑をそのままに女史を見る。
「要はね、ロックオン――遊んであげてほしいのよ」
「はあ?」
困惑する俺の頭は、さらに混乱をきたしたのだった。
2010/01/28