にっこりと、しかも含みたっぷりの笑顔での頼み事。
‘その笑顔には気を付けろ’女史をよく知る者の間で言われていたことだ。
まあ、それは置いて。
彼女の話によると、あの子―ティエリア―は今までほとんど人付き合いが無く、勉強などはずっと屋敷でしていたらしい。
大学になってから通わせるようになったのだが、やはり孤立しているのだとか。
講義を受けさせてはいるものの、SPにガードはされているし、ティエリアも他人と関わりを持とうとしない。
無理もない、と思う。
いきなり他人の中へ、それも周りは大学生だ。
学生側も、相手が小さな御曹司とくれば付き合い方に困るだろう。
人とのコミュニケーションに、遊びというのは良い手段ではある。
「…とは言ってもなあ…」
かりかりと頭を掻く。
無理難題を押し付ける名人は、連絡事項をすませると、さっさと帰ってしまった。
『できるだけ子供らしい遊びでね』
と付け加えて。
推測するに、ティエリアは子供らしい遊びなど知らないし、興味もないということか。
おまけにあの様子だと俺は招かれざる客ってとこだろう。
「……」
まあ、何とかなるさと、俺はティエリアの部屋へ向かった。
ドアをノックすると、少し間をおいて返事があった。
『はい?』
「あー、ちょっといいかな?」
『…どうぞ』
一応、失礼しまーすと言って中に入り、驚いた。
そこは立派な書斎だった。
奥の中央にはどっしりとしたデスク。両サイドの壁は本棚で、ぎっしり分厚い本が並べられている。
もう少し子供らしいというか、寛いだ雰囲気を想像していたのだが見事に外れた。
重苦しいとも思える部屋のデスクに、ちょこんと可愛らしい子供が着いている。
不似合い――かと思えば、なかなか様になっている。
だが何となく、違和感のようなものを覚えもした。
「何か用ですか?」
「あ、ああ…」
開いていたパソコンを閉じて、ティエリアが立ち上がり、というか―ひょこりと下りて―デスクの前のローテーブルにところまで来る。
ティエリアとの間に、長さ二メートルほどのローテーブル。
俺がもう少し近付こうとしたとき、それを遮るようにティエリアが口を開いた。
「スメラギ・李・ノリエガが何を言ったか知りませんが、先ほど言った通り、あなたは僕に構わず、好きに過ごして下さい」
思いっ切り僕に構うなと、拒絶の瞳が見上げてくる。
「そう言われてもこっちとしても困るんだがな」
「何が困るのですか?」
ちょこっと首を傾げて。
「食事なら管理の者が作りに来ますし、あなたは休暇に来たと思えばいいだけです」
「尚更困るなあ…」
俺の言葉にティエリアは目を丸くした。
その表情が可愛らしくて、思わず笑みが零れそうになったが何とか堪える。
「だから、何が…」
「俺は、おまえの相手をしてくれと言われてここに来たんだ。そういうわけにはいかないんだよ」
ティエリアはまた驚いたような、むっとしたような顔をした。
「…僕の相手など、」
「ああ、勿論勉強は無しな。…なあ、ここにある本は皆、ティエリアのものなのか?」
「えっ?ええ…」
「へぇ〜凄いな…全部読んだのか?」
「当然です―って、ロックオン・ストラトス!」
「あ?」
「あなたは人の話を聞いていないのですか?」
「聞いてるよ?」
「だったら、僕に構わずに好きに過ごして下さいと―」
「それはダメだって」
俺は数歩ティエリアに近付いた。
きっ、と睨んでくる紅い視線を受け止める。
暫くすると、ティエリアは困惑したように俯いて、呟いた。
「―今までの者は、喜んでいたのに……」
「何を?」
少し考えるような表情をして、ティエリアは顔を上げた。
「ここで好きにしていいと言うと、今までの者は喜んだということです」
ということは。
小さな御曹司の遊び相手をさせられたのは俺だけじゃないってことか。
「今までって…何人くらい、いたんだ?」
「あなたで五人目です」
「……」
なるほど。
どうりで、あんなに‘僕に構うな’トゲトゲ視線なわけか。
「ティエリア」
俺は小さな彼の傍に歩み寄った。
紅い瞳はじっと俺を見ている。
「おまえも休暇なんだろう?だったら、好きに遊べばいいじゃないか」
俺は笑顔を見せて、ティエリアの頭をくしゃりと撫でた。
とたんにびくりとして、ティエリアは俺の手を払い、睨んできた。
怒ったのかと思ったが、その表情は戸惑っているように見えた。
「悪い、驚かせたか?」
「…べ、べつに…」
ぷいと、そっぽを向くその可愛らしい横顔に、俺はまた笑みを堪えた。
2010/03/21